【新しい神観の地図:あらた’s ナレーション】 私たちはどこから来て、どこへ向かうのか? 多くの宗教は「神に従うこと(=僕)」をゴールとしましたが、新しい神観の地図では、それは単なるスタート地点に過ぎません。 神様が本当に望まれたのは、私たちが「僕」の古い革袋を破り、「子」となり、やがては神と同じ「親」の座に至ることでした。 今回は、魂がたどる**「8段階の復帰プロセス」**について解説します。
序章:なぜ「古い革袋」が必要だったのか?
人間は堕落によって、神様との本来のつながりを失い、万物よりも低い「僕の僕(しもべのしもべ)」の位置まで落ちてしまいました。 そこから元の位置、さらには完成の座へと戻るために用意されたのが、以下の8つの階段です。
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僕の僕(Servant of Servants)
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僕(Servant)
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養子(Adopted Child)
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庶子(Illegitimate Child)
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実子(True Child)
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母(Mother)
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父(Father)
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神(God)
このプロセスは、単なる身分の上昇ではありません。「恐れ(律法)」で動く古い革袋から、「愛(心情)」で動く新しい革袋へと、魂のOSを入れ替えていく壮大な発酵の歴史なのです。
第1段階~第2段階:律法による形成(僕の時代)
最初の階段は、「僕の僕」と「僕」です。 ここは「旧約聖書」の世界観。神様は怖い主人であり、人間は「目には目を」という厳しい律法(ルール)によって管理されます。
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古い革袋の特徴: 形式、恐れ、服従。
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神学的意義: 秩序のない混沌とした魂に「型」を作る時期。
「主人の言うことを聞かなければ打たれる」という動機ですが、これは私たちが欲望を制御し、魂の基礎(器)を作るためにどうしても必要なプロセスでした。
第3段階~第4段階:血統への渇望(養子・庶子の時代)
次は「養子」と「庶子」の段階です。 ここは「新約聖書」の世界観。キリスト教によって、人間は神様を「アッバ、父よ」と呼べるようになりました。しかし、養子はあくまで法的な子供であり、直接の血統(実体)ではありません。
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過渡期の特徴: 霊的な救いはあるが、肉的な罪の根が残る。
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神学的意義: 「自分は本当の子ではないかもしれない」という孤独(庶子の悲哀)を感じながらも、真の愛を求め続ける期間。
第5段階:新しい革袋の誕生(実子の時代)
ここからが「成約(新しい約束)」、つまり新しい革袋の時代です。 「実子」とは、神様の心情(ハート)と血統(生命の種)を完全に受け継いだ存在です。
ここではもう、律法(ルール)は必要ありません。親の喜びが自分の喜びであり、親の悲しみが自分の悲しみであるため、「愛」そのものが行動原理になるからです。これこそが、イエス様が語りたかった「新しいぶどう酒を入れるべき新しい革袋」の姿です。
第6段階~第8段階:受ける愛から、与える愛へ(父母・神の時代)
そして、この地図の最大の発見は、「子供で終わりではない」という点です。 神様が人間に望んだ最終ゴール、それは「神」になることです。
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母(Mother)の段階: 命を産み、育み、すべてを包み込む「地」の愛。
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父(Father)の段階: 責任を持ち、種をまき、導く「天」の愛。
実子として愛をたっぷり受けた魂は、やがて成長し、自らが「親」となって愛を与え始めます。男性性と女性性が完全に調和し、神様の創造性を代行するようになった時、人間は初めて「神の似姿」として完成するのです。
結びに:今、あなたはどの階段にいますか?
この8段階は、歴史の話であると同時に、私たち個人の「心の現在地」でもあります。
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誰かに言われたからやる(僕の段階)
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褒められたいからやる(養子の段階)
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愛したいからやる(実子・親の段階)
苦しい戒律の時代(古い革袋)は終わりました。 今は、自らが神の代身となって、目の前の人を愛し、家庭や社会を温める「親の時代」です。 さあ、恐れを脱ぎ捨てて、新しい革袋としての人生を歩み始めましょう。

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