原理原相論とは何で原理講論との違いは?神様の信仰成長と家庭の話!

皆様こんにちは!

今回の記事では原理原相論について取り上げていきたいと思います。

といっても、原理原相論は統一思想の原相論のことではありません。

これは従来の神観では説明できない神様の姿が語られています。しかし、これまでの神観が間違いというわけではありません。

より俯瞰された神観といってよいかと思います。

筆者が初めて原理原相論の内容に触れたのは2015年2月でした。当時は全くもってチンプンカンプンでしたが、筆者なりに考察し現在では最先端の原理だと考えています。

原理原相論とは

原理原相論は神様の成長論だと言えます。

キリスト教では神を「天の父」と呼ぶでしょう。

祈るときも冒頭で「父なる神よ」と始まり、神を父と呼んでいるのです。

 

ここでよく考えてみてほしいのですが、「父」と呼ぶということは「子」がいるということです。子どもでなければこう呼んだりしません。

そして子どもがいるということは、産んだ「母」がいるということです。

産んだ母がいるということは産む前には夫婦でした。夫婦だということは結婚したからです。

その前は独身の男女です。

男女はそれぞれ胎児から大きくなって成長します。

これって私たち人間の世界ですよね?

 

全知全能、完全無欠、真美善の神様がそうだというのです。

 

ですから原理原相論は神の成長論なのです。

 

原理原相論に関するみ言

ここでは原理原相論の内容を語られていると思われるみ言を紹介したいと思います。

・・・
人間の創造とは、神様御自身が成長して完成してきた過程を実際に再び展開させてきたものです。
・・・

 

・・・
実際、神様がどのように完成するのかという話は初めて聞く話ですが、内容のある話です。
・・・

 

神様においても全く同じです。神様も息子、娘を育てられてこられたということを知らなければなりません。神様にも赤ん坊のような時があり、兄弟のような時があり、夫婦のような時があり、父母になった時に創造なさったということを知らなければなりません。無形なる神様もそのように大きくなってこられたということです。

 

最後に

最後までご覧いただきありがとうございます。

いかがでしたでしょうか。

従来の神観にはない内容だったと思います。

私たち人間が家庭から始まり、子孫が家庭を作っていく姿こそ、神様の姿だということなのです。

そこに対して神様の信仰があったのです。

人間の神への信仰ではありません。

 

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